2009年4月6日月曜日

 作者:崋山宏光へメールする!



 暗闇の中で幼い兄妹のふたりが道先案内人を失って窮していた。北国の夏の宵は妙に夜風がざわめき冷ゃっこい(ひゃっこい!:北海道の言葉でつめてぇ~!の意味)。なまぬるい風の方が恐怖シーンを盛り上げる謳い文句だがその時の私にはひゃっこい風でも十二分に恐怖心を煽り盛り上げてくれた。立ち止まっていられない。時がたてばそれだけ悪霊たちが蔓延する世界になってゆくことなど十分理解できる年齢であった。急がねばと気持ちがはやる。はやる気持ちに逆らって体が後ずさりするのを覚える。妹の顔を覗いた。妹は案外と平気そうな顔であった。つぶらな瞳で兄を見つめる笑顔の可愛い妹だ。そんな妹を見ていて兄である私は心ならず思った。
 「こいつ、馬鹿な分怖さ知らずなんだろうな?」ありえん。まかり間違えてもそんな風に考える兄など赦せん。そうじゃないだろ?おまえを頼りにしているから心配ないと安心しているんだぞ!と何処かで誰かが私を叱っている。その声が私には父の声に似て聞こえた。そうだよな~、と思い直してちらりと妹を見た。一瞬の裏切り感が妹の顔をまともに見ることをさせなかった。いやいや正直まともに見れなかったといい直す。私はその頃はそこまで"ヒキヨゥ"monoではなかったはずだと思っている。多分自分で思っていただけだったのかもといまさらながら猛省しなくもない。

 夜風が背中を押す。早く前え進めとあざ笑うように私の耳元で風の戦ぎが聞こえた。風の声に促されて。足が地を摺り前方の大地をまさぐる。怯えて繰り出すつま先をジャリ石が重く遮った。妹の手を握った指に自然と力がこもる。妹が突然「痛いっ~!」と言って手を振り解こうとする。妹の手は今の私には唯一頼みの綱であった。私は今頼みの綱の妹の手が切れてしまうと泣き出してしまうかも知れなかった。緊張感がクライマックスに近づいて私を失意の谷底へ突き落とそうとする。「あ~おかあさ~ん!」と叫びそうであった。でも私は我慢した。私が叫べば妹が泣き出すことは目に見えて理解できた。私は持ち合わせの無い勇気を振り絞って耐えた。堪えたが体は正直で膝が笑って震えていた。震える足で二歩三歩進んだ。闇を掻い潜る幼い兄妹の道行きは予想を超えて困難を引き寄せた。まるで荒波に漕ぎ出すいかだ舟だ。今にも波に打ち砕かれて砕け散ってしまいそうなほど激しく揺れる。闇が風が荒波のようにふたりを包み地獄へ引きずり込もうとしている。震える足が道に敷き詰められた深い砂利石に不覚を取って躓きツンのめった。(注:ツンのめっる=体が前方へ倒れてゆくこと。)

 大きなジャリ石を踏んで足首を捻ってその瞬間に扱けそうに体が前にのめる。心図らずもが妹を頼っていた分倒れた体が妹の方へ傾いていた。妹の体の支えを受けて倒れようとする私の体がが止まった。妹によりかかった分だけジャリ道に転倒せずにすんだのだ。転んでしまうと尖ったジャリの切っ先が手に突き刺さる。私は国道がアスファルト舗装になるまでにこのジャリ石で転倒して手や膝を負傷して泣いた苦い経験が頻繁にあった。ややもすると尖った石は骨まで達する大怪我になる。皮を破って肉を削ぎ大出血の大惨事になって両親(特に母親)に要らぬ心配ばかり掛けていた。突き刺さった1センチ近い大きさの石が膝からぬけないこともあったし掌蹄に深く突き刺さることなど何度も多くあった。この轍が深く刻まれて歩きにくいジャリ石の国道は昼間でもとても嫌な道であった。そんな重大危機をまたもや妹に救われてしまった。妹は両手でしっかりと倒れかけた私を押さえて危機を回避してくれた。ジャリ石に倒れるのを防いでくれた妹は更に「おにいちゃん、大丈夫?」と私を気遣ったくれる。優しい妹だった。今でも多分私には優しくしてくれるだろうと思う。そんな優しさ溢れる可愛い妹のことをつい先ほど心の中で馬鹿呼ばわりしたことを悔やんだ。小さな体から立ち上る思わぬ勇気を垣間見て妹に劣ってしまったことに気づいた。哀しかった、アイゴーッ!(何処の国の言葉か分らないが・・・。)と叫びたい思いだった。まるで仁王大王の鉄槌に打たれたように私の胸は痛んだ。妹の健気さに拠り所を見失なってしまった私はこれじゃいかん!と気を取り直して妹の手を引いて力強く歩き始めた。やっと少しだけ兄らしさを保てたようであった。でもそれはやはり私の本心からの行動ではなくて無理をして着飾った虚飾の姿でしかなくって躓いて倒れかけた際の偶然の産物でしかなかった。幼い私はそのことを十分過ぎるほど自分自身で知っていてそれがかえって妹に対する後ろめたさとなった。でも何故か三歩四歩と歩数が増えるたびに虚飾の勇気が遠のき真実の力強さが湧き上がってくる様うな気持ちがした。

 虚飾の衣を纏った途端に微妙にその虚飾が効果を成して虚飾から真実の鎧に変わってゆくように思えてきた。心に巣くっていた怖気が薄らぎ今までしっかりと前を見据えようとしなかったうつろな私の目が闇に負けずに堂々と光を放ち始めていた。私はその未完成な鎧の威を借って図らずも「もう少しでお家に着くからがんばろうね!」と妹を励ました。妹からしてみると「おまえががんばれよっ!」と思っていたかもしれない。今はなんだか恥ずかしくて確かめようも無い。それはその時は半分以上自分自身への励ましだったのかもしれないが、やっとの思いでそこまで到達して心が少し成長したことは僅かながらも事実であり真実ではなかったとかた今検証している。そうだきっとそうなのだと考えてみた。そうしないと話が前進しなくなりそうな予感?がもち上がりそうなのだ。
 漆黒の闇の中の幼い子供のふたりだけでの帰宅は当然それ自体が"未知との遭遇"なわけで十メートル間隔でハプニングga
襲ってきた。
でも既に半分の恐怖が去って嵐の大波が収まりつつあるのを私は一人勝手に感じていた。余裕が出てきたのが自分ではっきり認識できた。私は妹にしっかりと目を向けて笑顔を作ることができるようになっていた。心が落ち着きを取り戻すと暗い夜道がよく見え出す。草や木立の梢の影さえ闇夜に透けてくっきりと見え出した。少しずつ周囲の状況を捉えることができるようになって夏の夜の生き物のざわめきを感知する耳目が滑らかに素早く情報回路の機能を働かせ始めた。北国の夏の夜が意外と賑わっていることに気づき始めていた。天を見上げるとそこはさらなる別世界が煌めいていてその美しさがさらに恐怖の大海から私達を救出してくれたかのように思った。北国の澄み渡る夜空はプラネタリュウムより眩い宇宙が見える。その眩さは筆舌に尽くし難い。家路の方角に天を仰ぐとへび座とさそり座が煌めいて更には真上に蛇つかい座もあるのに気づいた。幼い割りによく知っている。当然これを書きながら調べてみたのだが・・・。煌めく星座は美しいがその名前がいま一?な気がする。その想いが恐怖の第二章のプロローグにつながる事をその時の私は気づいていなかった。でも少し美しすぎる星空に何かを感じ始めてはいたのだった。

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